ほこほこぽこぽこ

楽しんだり、頑張ったり、 ほこほこしたり・・・

春まだ浅い冨土野(ふどの)峠へ

昨日(29日)午後、ちょっとした用事があって、
兵庫県揖保川の源流域にある故郷に母と行って来ました。
出来れば、「冨土野峠」にも行きたいと

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峠巡りと郵便局巡りはセットですから、
母は、行く途中に4ヶ所の郵便局に行けてご満足

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母の実家の水車小屋と湧き水です。
幼い頃、ここにいつもスイカが冷やされていました。

今は、私の従兄弟夫婦が住んでいます。
父が亡くなってからも、よく来て母を遊びに連れて行ってくれる従兄弟です。

「冨土野峠」に行きたいと言うと、付いてきてくれました。
10分も走れば「但馬」と「播州」の国境いです。
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たまたま、土砂崩れがあって、通行止めになっていましたが、
警備員のおじさんにトンネルまで行きたいのだと言ったら、通してくださいました。
そんな訳で、車は来ないし、一人舞台(三人舞台)のドライブとなりました

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お地蔵様が居られますね~。

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「この看板、わしが寄付したんや」と、従兄弟。
ホントだ! 「贈 ○○○○」と書いてある!

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裏にはこんな言葉が。

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ここが、分水嶺です。

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この「冨土野トンネル」を越えたら養父市です。

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国境いですね。
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トンネルの傍にお地蔵様。
「可哀想に、頭が取れてなあ・・・」と、従兄弟。
お賽銭が置いてありました。

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通行止めなら仕方がないと、ここで引き返しました。
「明延」を中心に、この辺り一帯は、鉱山で栄え、
かつては4000人が暮らしていたこともある場所です。

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今は楽楽と越せますが、幼い日に下の集落から、荷車も通れないような細い坂道を、
登って下りて明延に行った記憶が蘇って来ました。

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峠を下りてきた私たちは、分かれ道に立たれている警備員さんに
お礼の飴をあげて峠の下にある冨土野の集落に入っていきました。
私が小学生だった頃、20軒ほどあった家が、今は3軒だそうです。
崩れかけた廃屋の傍に咲いている水仙の黄色が寂しかったです。

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ここには鉱山の跡地が見られます。
かって、「赤鋼鉱山」からは、奈良の大仏建造に献上されたとの記録があると聞いたこともあります。
「冨土野銀山」は明治の初め頃栄え、
12年から40年には、NHKの「朝ドラ」でブレイクした、伍代友厚氏の所有だったそうです。

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集落の一番奥にお地蔵様と道標がありました。
「揖保川支流  倉床川源流」と書かれています。
10年ほど前に、ここが揖保川の源流と言うところに行ってみたことがあります。
ここからもっと奥に行きました。

そのときの写真が「ミシン遊びの部屋」にあります。
お茶をしていただくときは、源流水を使っていただいています

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あちらこちらに鉱山の名残があります。

警備員さんのところまで戻ったら、
「後15分、5時になったら通れますよ」と言われましたが、
帰りが遅くなるので、諦めました・・・。

そして、行く途中に見落としていました。

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「揖保川支流  青菜川源流」
「林道 青菜線」
この道を通って生野に金・銀を運んでいたそうです。

私が中学生の時、学校行事として、蕨や独活などを採り、
売って修学旅行の足しにしていた記憶が、
この辺りに残っています。
この奥に確か我が家の山もあるはずです。
よく行っていました。

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この入り口にある「いぼ地蔵」さん。
母が、汚れたお茶碗を洗って、きれいな湧き水をお供えしていました。

物知りの従兄弟が付いて来てくれて、本当に良かったです!
母も、懐かしいところに連れて来てくれたと喜びました。



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分校の跡にある水汲み場で水を汲んで帰って来ました。

長くなってしまいましたが、
私のDNAが刷り込まれているような、懐かしい峠めぐりでした。










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 プロフィール 

ヨウ

Author:ヨウ
37年間、自営業としてブランドのベビー、子供服を作る仕事をして来ましたが2011年秋にやめました。
2年間パートとして、ギフトショップのお勤めを経験しました。
2013年夏より、「ミシン遊びの部屋」と名付けて、仕事場を開放しています。
ミシンの好きな人たちが、集まり、そこから又、楽しく面白いものが生まれる場所になればいいなと思っています

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