ほこほこぽこぽこ

楽しんだり、頑張ったり、 ほこほこしたり・・・

冨土野峠~明延~神子畑~黒原峠

18日(月)故郷の親戚に用事があり、
夫と母と私、三人で行きましたが、思わぬ展開になり、
兵庫県の「日本遺産」に触れる旅をすることが出来ました。

事の始まりは「作東の文化」に出詠した「冨土野(ふどの)峠」でした。

鉱山に栄へし昔を地に埋めて「冨土野峠」は芽吹き初めをり
四千人が暮らしゐきとふ「明延」の廃坑仕込みよ「播州一献」
「いぼ地蔵」の水を替へをり湧き出づる源流水を掬ひて母は  ヨウ


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分水嶺にある「冨土野峠」です。
トンネルを抜ければ、養父(やぶ)市明延(あけのべ)です。
丸山川の源流で、ここから川は日本海に向かって流れます。
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私の歌を読まれた方からこんな歌が返って来ました。

生(あ)れし地は川音のみの「明延」よ訪へば四千人の犇き浮かび来
血は騒ぐ気力失せゐし体内が浜田さんの短歌「冨土野峠」に


90歳近いその方は、会場は違いますが、先生が同じなのです。
驚いて、是非明延に行きましょうと約束していましたが、
行けなくなり、せめて写真だけでも見せてあげたいと思ったのです。

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明延鉱山探検坑道入口です。見学できます。
なんと!ここも最近「日本遺産」に、認定されました。

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四千人が暮していたと言う社宅が一部保存されています。
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広い野原が隆盛を極めた往時を物語っています。

「社宅に住んでいたと言われていたけど、どの辺りだったんだろう?」と、
見ていると、そこから出てこられたご夫婦が、なんと!母の知り合いの息子さん!
ビックリしていました。

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どこに行っても郵便局を見逃さない母が「あった!」と。
入っていくと、なんと先ほどの方と又、ばったり!
もう4人でビックリ!!
(結局、母は4箇所の郵便局を回りました。)

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ここが「あけのべドーム」
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ここが、中心街の「本町通り」と、詳しい従兄弟が案内してくれます。

「よく行く酒屋に行こう」と。
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勿論、廃坑仕込みの「播州一献」もありましたが、
私は、お土産に生まれられた地名の「明延」を買いました。

従兄弟もよく知っているお酒屋さんご夫婦が、
色々な歴史を教えて下さいました。
今は、この地には70人の方が暮しておられるそうです。
親切にして頂いたので、母がネコを渡すと、
すでに従兄弟があげていたらしく、「え~~ このおばあちゃんが編まれたんですか~
もう、孫が喜んで喜んで」と。 ばら撒いてるなぁ

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日本遺産のポスターや幟があちらこちらにありました。
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当時、1円で坑夫や家族を運んでいた「一円電車」も見ました。
今でも決められた日に行けば、1円で乗れるようです


「せっかくだから、神子畑(みこばた)にも行こう」と言うので行きました。
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途中「国指定重要文化財 神子畑鋳鉄橋」に寄ったりしながら、

「神子畑選鉱場(みこばたせんこうじょう)」に着きました。
勿論、ここも日本遺産に認定されています。
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まるで要塞のようです!
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大きすぎてカメラに収まりません!
しかも、ちょうど逆光になって・・・。
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朝来市の職員さんがおられ色々教えて下さいました。
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ん?中の暗いところに数人の影が?
「アイドルデビューするかも知れない娘の撮影で、私は立ち会っています」とのこと。
へ~~! どんな写真になるんだろう?


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日本遺産、日本遺産と言って来ましたが、説明しておきますね。

先日、両宮山古墳の傍で短歌会をしましたが、
岡山県の日本遺産は、
「桃太郎伝説の生まれたまち おかやま~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語」として、
両宮山古墳を含む27の文化財で構成されていました。

兵庫県は、
「播但貫く 銀の馬車道 鉱石の道」
資源大国日本の記憶をたどる73kmの轍
 だそうです。
6市町の遺産で構成されているそうです。


帰りは「ヨウの好きな峠を通って帰ろう」とのことで、
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信長の命を受けて秀吉が越したと言われる
「黒原峠」のトンネルを通って帰りました。

よく走りましたが、私にとっては面白い一日でした
長い記事へのお付き合いありがとうございました!



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四十曲峠へ

昨日(21日)、ミシン遊びのお客様が午前中で帰られ、
母が、毛糸が欲しいと言うので、津山に行きましたが、
余りの暑さに、エアコンの効いた車でドライブする方がいいねと、
急遽、峠巡りをすることに決まりました

計画性もなく、思いつきで行動する親子なので、
思わぬ長旅になってしまいました!

コースは、
久世~「神代の鬼の穴 竜宮岩」~首切峠~篠ケ乢~道の駅 新庄~
四十曲峠~金持神社~明地峠~「後醍醐天皇の休石」~千屋ダム~
新見インター~美作インター~我が家着    でした。

久世から勝山に行き、蒜山の方には行かないで、
181号線を新庄村に向けて走りました。

途中、「鬼の穴」の看板が目に入り、
鬼好きの私は、寄らねばと・・・
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石灰岩が侵食されて出来た、奇岩を縫って流れる冷たい川で、
親子や若者たちが、水遊びをしていました
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怖いなあと言いながら、深い淵に飛び込む若者。
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涼しくなりました!


そこから、更に、181号線を進むと、「美甘トンネル」の所に、
「首切峠」が、ありました。
名前も、名前の由来も、ちょっと怖い峠ですね。
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更に、進んで行くと、右折れの標識に「湯原」と書いてあり、
地図に「篠ケ乢(しのがたわ)」の、表示があったので、右折しました。
県道55号、湯原美甘線です。

「篠ケ乢」には、樹齢250年の二本杉があり、
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2本の大杉に挟まれるように、「六地蔵さま」が祀られていました。
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好奇心旺盛な母も写していますが、
ここは、映画 「八ツ墓村」の舞台とも関わりがあるそうで・・・

このまま、湯原に出て帰っても良かったのですが、
一番行きたかった、四十曲峠が近いので、
又、181号線に戻りました。

新庄村に入り、道の駅で休憩
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「ひめのもち」が有名ですよね!
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自動販売機も可愛い~

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この辺りから、雨が降ったらしく、
道路が濡れ、山には霧が立ち昇っていました。

そして、いよいよ「四十曲峠」へさしかかりました。
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峠は、この脇道を登って行くのかなぁ?
長いトンネルでした。
「美作の国」と、「伯耆の国」の国境の峠ですね。

抜ければ、鳥取県、日野町でした。

峠を下りて行く途中に大きな看板が見えて来ました。
「金持神社(かもちじんじゃ)」です。
「金持(かもち)」と言う地名なのですが、
「かねもち」と読めるので、参拝者が多いようです。
母も来た事があります!
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「えらいとこまで来たなぁ~ どうやって帰る~?」
「ここまで来たんだから、もう一つ、「明地峠」に行こう!」
と、言うことで、「高尾」を左折して、
どんどん登って行きました。
遠くの山並みが、はるか下にかすんでいます。
雲海が美しい所のようです!
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ここも国境。
日野町と新見市の県境ですね。
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ここから、少し下った所に、
「後醍醐天皇の休石」の看板。
通り過ぎたら、母が、
「引き帰したら? 又、何時来られるか分からないよ」って。
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後醍醐天皇もこの明地峠を越して、伯耆の国に入られたそうで、
その前に、この地で休まれたそうです。

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思えば、今日の峠巡りは「出雲街道」に触れながらの旅でした。
私の住む美作市内にも、後醍醐天皇が休まれた「笠懸の森」があります。
天皇だけでなく、多くの古人が如何に苦労して峠を越えたかを、
改めて思う旅でした。

後は、「千屋スキー場」「千屋牛」「千屋ダム」の看板を見ながら、
ひたすら南下して、新見インターから美作まで帰って来ました。


思いつきで出掛けた峠巡り。
日曜日で、母が郵便局巡りが出来なかったのは、ちょっと残念でしたが、
帰ったら、夫がお風呂をしていてくれたのは嬉しかったです。






万能峠~「さいこ」へ

昨日の続きで、急に思いついた峠巡りです。

時間が3時半を過ぎていたので、そう遠くへは行けないと言う事になり、
まずは、「播磨の国」と「美作の国」を結ぶ峠の一つ「万能峠(まんのうとうげ)」を目指しました。

先日親戚から頂いた、「播磨の峠ものがたり」を頼りの三人旅です
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江戸時代に、峠の下に「土居宿」が置かれてから、
多くの藩主が参勤交代には、「出雲街道」の途中にあるこの峠を越えたそうです。

母はそんな土居宿にある、「土居郵便局」に~
4時を少し過ぎていましたが、受け付けていただけたようです

179号線を越せば、現代の「万能峠」ですが、私たちは、参勤交代で越えた旧道に行きたくて、
土居小学校を抜けて山道に入って行きました。
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峠らしくなっては来るのですが・・・。
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こんな、お堂もあるのですが・・・。
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蜂も遊んでいるのですが・・・

どこが峠なのか???

ウロウロしていたら、夫が
「元に戻りよるで~」って 「ありゃ何で~土居に戻っちゃった~

消化不良のまま、よく分かっている179号線の万能峠を越して、佐用町へ
(お地蔵様も見たのですが、車が多くて写真が撮れませんでした

「ここまで来たら、佐用のひまわりを見て帰ろうか~」と。
行ったら、「えっ ヒマワリがない どうする~??」
「もう、山崎まで行こう

と言う事になり・・・。

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下三河から、「八重谷峠」を越して、宍粟市へ。
母がよくお参りをしていた、腰痛地蔵尊の近くを通り、


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中国自動車道と並んでいる「切窓峠(きりまどとうげ)」を越して、
山崎町に入りました。

ここまで来たら、妹たちの「さいこ」で夕食を済ませて帰ろうと、
電話をしたら、「大丈夫だよ」と言うことで行きました

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義弟が亡くなってから、甥が頑張っています。
お陰さまで繁盛しています

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夫は「鍋焼きうどん」が食べたいと
そして、人気メニューの「すじこんにゃく」も。柔らかい~
そして、勿論、ビールも


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母は「天ぷら定食」

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私は、「唐揚げ定食」をお願いしました
自家製のマヨネーズをつけて食べる唐揚げは「さいこ」の看板です

峠めぐりはもたもたしたけど、「終わりよければ・・・」です

帰りは高速道で帰って来ましたが、
母は、「峠を通って帰らんの?」だって
朝から粟倉に行って3時頃帰って、すぐ出たと言うのに、
なんなんでしょう?この元気は



春まだ浅い冨土野(ふどの)峠へ

昨日(29日)午後、ちょっとした用事があって、
兵庫県揖保川の源流域にある故郷に母と行って来ました。
出来れば、「冨土野峠」にも行きたいと

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峠巡りと郵便局巡りはセットですから、
母は、行く途中に4ヶ所の郵便局に行けてご満足

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母の実家の水車小屋と湧き水です。
幼い頃、ここにいつもスイカが冷やされていました。

今は、私の従兄弟夫婦が住んでいます。
父が亡くなってからも、よく来て母を遊びに連れて行ってくれる従兄弟です。

「冨土野峠」に行きたいと言うと、付いてきてくれました。
10分も走れば「但馬」と「播州」の国境いです。
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たまたま、土砂崩れがあって、通行止めになっていましたが、
警備員のおじさんにトンネルまで行きたいのだと言ったら、通してくださいました。
そんな訳で、車は来ないし、一人舞台(三人舞台)のドライブとなりました

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お地蔵様が居られますね~。

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「この看板、わしが寄付したんや」と、従兄弟。
ホントだ! 「贈 ○○○○」と書いてある!

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裏にはこんな言葉が。

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ここが、分水嶺です。

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この「冨土野トンネル」を越えたら養父市です。

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国境いですね。
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トンネルの傍にお地蔵様。
「可哀想に、頭が取れてなあ・・・」と、従兄弟。
お賽銭が置いてありました。

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通行止めなら仕方がないと、ここで引き返しました。
「明延」を中心に、この辺り一帯は、鉱山で栄え、
かつては4000人が暮らしていたこともある場所です。

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今は楽楽と越せますが、幼い日に下の集落から、荷車も通れないような細い坂道を、
登って下りて明延に行った記憶が蘇って来ました。

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峠を下りてきた私たちは、分かれ道に立たれている警備員さんに
お礼の飴をあげて峠の下にある冨土野の集落に入っていきました。
私が小学生だった頃、20軒ほどあった家が、今は3軒だそうです。
崩れかけた廃屋の傍に咲いている水仙の黄色が寂しかったです。

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ここには鉱山の跡地が見られます。
かって、「赤鋼鉱山」からは、奈良の大仏建造に献上されたとの記録があると聞いたこともあります。
「冨土野銀山」は明治の初め頃栄え、
12年から40年には、NHKの「朝ドラ」でブレイクした、伍代友厚氏の所有だったそうです。

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集落の一番奥にお地蔵様と道標がありました。
「揖保川支流  倉床川源流」と書かれています。
10年ほど前に、ここが揖保川の源流と言うところに行ってみたことがあります。
ここからもっと奥に行きました。

そのときの写真が「ミシン遊びの部屋」にあります。
お茶をしていただくときは、源流水を使っていただいています

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あちらこちらに鉱山の名残があります。

警備員さんのところまで戻ったら、
「後15分、5時になったら通れますよ」と言われましたが、
帰りが遅くなるので、諦めました・・・。

そして、行く途中に見落としていました。

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「揖保川支流  青菜川源流」
「林道 青菜線」
この道を通って生野に金・銀を運んでいたそうです。

私が中学生の時、学校行事として、蕨や独活などを採り、
売って修学旅行の足しにしていた記憶が、
この辺りに残っています。
この奥に確か我が家の山もあるはずです。
よく行っていました。

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この入り口にある「いぼ地蔵」さん。
母が、汚れたお茶碗を洗って、きれいな湧き水をお供えしていました。

物知りの従兄弟が付いて来てくれて、本当に良かったです!
母も、懐かしいところに連れて来てくれたと喜びました。



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分校の跡にある水汲み場で水を汲んで帰って来ました。

長くなってしまいましたが、
私のDNAが刷り込まれているような、懐かしい峠めぐりでした。










右手峠~大師峠~黒尾峠

6日(日)、三星山雑木伐採での、豚汁作りがお昼過ぎに終わったので、
母と峠を訪ねて来ました。

勝田で用事を済ませた後、
向かったのは、初めての「右手峠」。

「右手」と書いて「うて」と呼びます。
今回、私もネットで初めて知ったのですが、
奈義地方を中心に「三歩太郎」と言う巨人伝説が残っています。
その三歩太郎が亡くなった時に、右手が落ちた所と言うことで、
「右手(うて)」と言う地名が出来たと書いてありました。

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県道51号線をそれて、県道7号線へ。
勝田から鳥取県の智頭に抜ける道です。
国道53号線とほぼ平行して走っています。

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集落を抜けて、杉林の道を進んで行くと、

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「右手峠」の標識がありました!
標高631メートルだそうです。
県境です。中国山地の分水嶺でしょうね。

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道標がありました。
こんな感じ好きです。



右手峠を下りて、7号線をそのまま右に行けば智頭との標識がありましたが、
左に折れて、296号線の、「大師峠」を目指しました。
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オッと、通り過ぎた~

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道路が新しくなっても、ちゃんとお祀りしてありますね。

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そこから少し行ったところに、「大師峠」の標識がありました。
標高631メートルです。

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お~!ここに出るのか!
国道53号(因幡街道)にぶつかりました。
右に行けば智頭です。
私たちは左に折れて「黒尾峠」経由で帰ることに。

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沢山の橋があります。
「うぐいす橋」「坂の谷橋」と渡りつつ黒尾峠をわが下りゆく ヨウ
こんな歌を詠んだことを思い出しました。

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県境にある黒尾トンネルです。
「黒尾峠」 標高652メートル。
ここにあったドライブインは無くなって、すっかり更地になっていました。
そんなに長い間、ここを通らなかったかなぁ・・・。

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トンネルを抜け、大きなループ橋を通って
奈義町に入り、我が家に帰って来ました。

今回は、三つも峠を通ることが出来ました!





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 プロフィール 

ヨウ

Author:ヨウ
37年間、自営業としてブランドのベビー、子供服を作る仕事をして来ましたが2011年秋にやめました。
2年間パートとして、ギフトショップのお勤めを経験しました。
2013年夏より、「ミシン遊びの部屋」と名付けて、仕事場を開放しています。
ミシンの好きな人たちが、集まり、そこから又、楽しく面白いものが生まれる場所になればいいなと思っています

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